手紙2007/06/27 02:28

手紙
久しぶりにDVDレンタルして手紙を見た。

武島剛志(玉山鉄二)と武島直貴(山田孝之)は兄弟。
兄・剛志は、弟・直樹が大学へいくための学費欲しさに、盗みに入った邸宅で誤って人を殺してしまい、無期懲役となる。
それ以来弟・直貴は、殺人者の弟としての人生を送ることに。
いつもバスの最後部で野球帽を深くかぶり世間との間に距離をおく直樹白石由美子(沢尻エリカ)は、明るく接するのだが...

お話は、直貴がお笑い芸人への道を諦めず夢へ向って進むなか、背負ったもの(背負わされたもの?)によってもたらされる人生の紆余曲折が、直貴と他者、そして兄・剛志の手紙との関わりの中で描かれる。

僕は野沢尚が好きなので、「深紅」を思い出した。罪は家族に引き継がれてしまうのだろうか?

家族とは、縁とは切れないものなんだろう。どんな事があったとしても。運命で結びつけられた人は、そこに在る意味があり、欠かすことはできない存在なんだ。

あんまり書くとネタばれっぽくなるけど、逃げる場所なんかどこにもなくって。いつも自分のいる場所から始めていくしかないんだ。(ネガティブに聞こえるかもしれないけど、ポジティブな考え方なんですよ。)よーく観てみると結構いい場所なんだよね。

話は変わって、罪を償うというの事。特に人の命を償うことなんて僕は不可能だと思うし。その罪は一生背負うべきものなんだと思う。辛いけど、そうやって生きていくことが罰なのだろう。

「償う」という程の重さではないかもしれないが、似ている「謝る」って事。これってそんなに簡単なことじゃない。山田ズーニーの「理解という名の愛がほしい——おとなの小論文教室。II」で、「おわびの時間」というコラム記事がある。

「おわび」の時間はだれのためにあるのだろう?

まことに恥ずかしくなる。痛い、刺さる言葉だ。
自分の「非」を認めているようで、でもどこかで許して欲しいという自分の気持ちの押し売りをしてる時がある。けど、これって本当に謝ってるんだろうか?

誤ってる(笑)と思う。むしろ、本当はどこかで自分を正当化しようとしてるのかもしれない。(未だ最後まで読んでないんでけど、重松清の「カシオペアの丘で」も「赦す」ってのがテーマだな。)

なんか話がそれてしまったけど、人はそれぞれ背負うものがあり、それを受け入れてひっくるめて生きていくことしかできない。でも、できる。
僕は一生懸命生きてる人の姿は美しいと思うし、尊敬する。だから、その縁を大切に、感謝して生きてかないとね。

監督:生野 滋朗
原作:東野 圭吾
脚本:安倍 照雄、清水 友佳子
出演:山田 孝之玉山 鉄二沢尻 エリカ吹石 一恵ほか