第1回 シセイドウ アートエッグ 平野薫展2007/01/29 00:02

untitled -skirt- 2006
資生堂ギャラリーで開催されている、平野薫 《エアロゾル》を見てきた。

資生堂ギャラリーは、銀座の資生堂ビルの地下一階にあり、天井が高い!その5mを越す天井から広がる大展示室のインスタレーションはすごく綺麗。

"平野薫はこれまで、人が使用した衣類や傘などを糸の状態まで解体し、それをつないで(もしくは編んで)空間に再構築するインスタレーション作品を制作してきました。"

今回は友人のワンピースを解体し新たな形に。かつてワンピースだった糸が紡がれて巨大に優雅に広がるドレスのような形になり、その中に入るとその広がりに包まれる。
一本一本の糸は今にも切れてしまいそうな蜘蛛の糸のように繊細。太陽の光の下で見たらキラキラ煌いていそう。それでいて、全体としての安定感がある。きっとワンピースを着ていた人も繊細で暖かい人なのかもしれませんね。人の使っていた物から、その人が再生(rebirth)されるような感覚があって、なんかいいなって思った。

小展示室には、制作に関わった時間を刻時したタイムカードがカレンダー形式で並ぶ。当たり前だけど、ものすごい時間がかかってるね~。僕が行ったときも公開制作中でした。

会 場:資生堂ギャラリー
会 期:平野薫展 2007年1月12日(金)~2月4日(日) (21日間)
     水越香重子展 2007年2月 9日(金)~3月4日(日) (21日間)
     内海聖史展 2007年3月 9日(金)~4月1日(日) (21日間)

それでもボクはやってない2007/01/29 22:09

それでもボクはやってない
周防正行監督・脚本のそれでもボクはやってないを見てきた。

金子徹平(加瀬亮)は、就職活動中のフリーター。会社面接に向かう途中で痴漢に間違えられ、容疑者から被告人に。
荒川正義(役所広司)は弁護士。徹平の母の依頼で弁護を引き受けることに。
須藤莉子(瀬戸朝香)は、荒川の部下の新人弁護士。痴漢を憎み、徹平の無実の証明に疑問を持つが...

物語は徹平が痴漢として現行犯逮捕されるシーンから始まる。(さすが周防監督、無駄の無い話運びって感じだ。)

ここに、息子の無実を信じる母、その友達、協力者...と仲間が募る。これとは対照的に、警察、検察は事件の真相とは関係なく、犯罪者を生み出す。 そして裁判官が現れる構図。大森光明(正名僕蔵)は正義の側の裁判官として描かれる。

「十人の真犯人を
逃すとも、
一人の無辜を
罰するなかれ」

を貫き、無罪判決を下してきた。大森裁判官はきちんと事実関係を明らかにし、公正な判断を目指していた。しかしながら、彼の出した別の裁判の無罪判決が上告で逆転有罪に...そこで裁判官交代、室山省吾(小日向文世)の登場。これが裁判に同影響を与え、徹平の判決はいかに?

良く練られたストーリーで、今の裁判の現状というものが(これが本当ならね(笑))分かった。若干裁判のシーンが繰り返されるのは飽きてきたが...

けど、裁判のシーンは重厚感があった。加瀬亮、役所広司、正名僕蔵、小日向文世の演技に吸い込まれる。

裁判とは、有罪か無罪を判断する場所。その基準は客観的証拠。
証拠によって再構築された事実は、フィクション。そしてそれは、どの位置から見るかによって変化する。フィクションは、役者、見る者の視点と共感によって、どんなドラマにも映ってしまうのだ。この映画のように。

僕は思う、一人の無辜を罰さないために、本当に十人の真犯人を逃してもいいのだろうか?極論だろうが、これは天秤に掛けられるものではないだろう。真犯人は逃すべきではないのである。罰は受けなければならない。

人が人を罰するという事にはやはり限界があるのだろう。だって人間だから。神様が天から罰を落としてくれればいいんだけど、そんなに気の利く神様もなかなかいないようで...

う~んなんか結論としては世の中は不平等なんだという事。そんな事を改めて思うのであった。

あなたが信じるものは何ですか?他人の言葉?他人の心?自分の心?プライド?

それでもボクはやってない

監督・脚本:周防 正行
製作:亀山 千広
出演:加瀬 亮、瀬戸 朝香、山本 耕史、もたいまさこ、役所 広司ほか
音楽:周防 義和 「静けさの中で」
配給:東宝