開放弦2006/07/20 14:51

開放弦
PARCO劇場で7月14日から公演されている「開放弦」を見てきた。

最後のシーンで「開放弦」というこのタイトルが訴えかけられ、そしてその刹那さが感じられる作品でした。

舞台は2部構成で、前半85分、後半55分。

おそらく、今の世の中で、誰もが持っているよな納得のいかない部分(心?)を、滑稽に表現することで楽しく、分かり易くテーマを伝えてくれているのではないだろうか。

あまり在り得ない出会いから始まるので、この奇妙な空間というか、人と人の関係性がよりいっそう際立ってくる。これがやはり普通な感じだと、このストーリは見ててやりきれなくなるしかなくなるような気がした...

いろんな感情が表現される、でもその集約というのかやはり人間の持つ「愛」という感情は貴重なんだと思いました。人は何かを失うことでしか、知ることができないのかもしれない。その無常観的なものが、悲しげな「開放弦」の音で表現されていたのかな。でも、それは決して後ろ向きなものではなくって、それが生きている事の証と感じる今日この頃です。

あらすじ(パンフレットより)
東京から電車で2時間ほどの農村地帯。
主のいない家の庭で、カモの死骸を間に二人の女が向き合っている。
通りすがりの車が道を歩くカモを轢いてしまったのだ。
必死に謝罪する女・素江と対応する地元の女・依代、そこに素江の夫・進藤も加わるが、3人の会話はとりとめなく、時間は無為に過ぎる。

そこえ結婚式を終えた家の主・遠山と惠子が帰ってくる。
実はこの二人の結婚に、周囲は驚きを隠せないでいた。
つきあっているそぶりどころか、接点すら見当たらない二人が突然「できちゃった婚」をしたのだから。
しかも、その当の二人は結婚式を終えても、なぜかよそよそしい。

この突然の出来事のウラにあるのか、遠山のバンド仲間・門田は事情を知っているらしく、新郎新婦を前に苛立ちを隠そうともしない。
同じくバンドのメンバーで、遠山の元恋人である依代も、夫妻にいぶかしげな視線を向ける。

遠山には莫大な借金があった。
ここは稲作中心の農村地帯で、遠山は自分の水田にカモを放す「カモ農法」を行なっていた。
その成果に期待した周辺の農家も、遠山に続いてカモを水田に放したのだが、このカモが稲の苗まで食べてしまうとんでもないシロモノ。
そのカモによる食害を弁償するために借金を背負ったのだ。

借金と急な結婚の因果関係が、門田をイラつかせる原因だ。
同時に遠山らが趣味でやっていたバンドの曲が、音楽プロデューサー野宮の目に留まる。
曲はネット上で配信され、驚くほどの収益を上げた。
作曲は遠山がギターでしていた。

さまざまな事情が交錯するさなか、惠子と言い争い、家を飛び出した遠山を、素江と新藤の車が轢いてしまう。
右腕を負傷した遠山に代わり、住み込みで農作業を手伝うという進藤夫妻。 実は妻の素江は売れっ子の少女漫画家で、彼女を追って担当編集者・木戸までが遠山家に出入りするようになる。

もつれた思惑を抱えた7人が、ひとつ屋根の下でひしめきあい、言えない本音、隠したい想いに翻弄され、ますます居心地の悪い空気に取り巻かれていく。

遠山は惠子の手を借りて、新しいメロディを奏でようとするが・・・・・・。

作:倉持 裕
演出:G2
音楽:渡辺 香津美
出演:大倉 孝二水野 美紀、京野 ことみ、丸山 智己、伊藤 正之、犬山 イヌコ河原 雅彦

ザ・ミッドナイトサスペンス2006/07/21 20:34

THE MIDNAIGHT SUSPENSE
メトロニミッツ No.45(7月20日発行)に面白そうな記事が。

「ザ・ミッドナイトサスペンス」という演劇!?(体験型イベント)。

「ザ・ミッドナイトサスペンスとは」(公式HPより)
観る者と演じる者とのボーダーが消滅した時、
       サスペンス劇は現実のミステリーへと変わる
ザ・ミッドナイトサスペンスは、ホテル館内すべてをステージにして、
ホテルで起こった殺人事件の謎を解明していく体験型イベントです。
参加者の中に紛れ込んだ俳優が演じる犯人と容疑者を、あなた自身が捜査するのです。
いつのまにか、あなた自身が重要容疑者にされてしまうかもしれません。
あなたは事件現場を実際に検証し、容疑者、殺人の動機、トリックの解明・・・
と捜査を進めていきます。
情報収集をしているうちに、おぼろげながら犯人像が浮かび上がってきます。
ただし、そう簡単には解りません。紛れ込んでいる犯人もなかなかのツワモノですから・・・。
推理に熱中するにつれ、いつしかあなた自身がサスペンスドラマの登場人物になっていることに気づくでしょう。
なぜなら、事件はあなたの目の前で実際に起こるのですから・・・

果たしてあなたは真犯人を暴くことができるでしょうか?

自分が舞台の中に入り、そのストーリーに入り、それで舞台が完成していくというのはすごく面白い試みだと思う。伝えたいものは、それが伝わり、創る側と観る側とのコミュニケーションで最終的に完成するものなんだと思う。



こんなものも見つけた。8月~開催されるワークショップ形式の展示会。
『Dialog in the Dark 2006 TOKYO』
通常人は5感を駆使して(たぶんそれほど意識はしていないんだろうけど)いろんな者を感じている。そのひとつを敢えてなくした状況でのコミュニケーションを感じることができるのだろう。
人の閃きや創造的なものは、第6感的なもので生まれてくるような気がしている。でも、それは当たり前の価値観を失くした状況で特にその感覚が生まれてくるような気がしている。
そんな特別な環境を体験できる貴重なイベントなのかな。



ついでにもう一つ気になるというか、面白いな~と思っているのが、ルネ・ポレシュというドイツの演出家。NHKの番組で紹介されているのを観てすごく惹かれた。
『皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと』(2006/3/29~4/16)

新しい演劇の世界なんだろう。「ストーリーがない。」この発想の転換と、それを作りあげる監督・演者のパワーはひしひしと生で観ている観客に伝わったんだろうな~と画面越しではあるけど感動した。
《参考》
TOKYO HEADLINE web
日本におけるドイツ
i-morley
君な五番目の季節

不自由な心2006/07/22 20:25

白石一文の「不自由な心」を読んだ。

天気雨
卵の夢
『たとえそれがどんなに衝動的なものであったとしても、行動こそは人の心の行方を決定づける力を持っている。大体が進路というものはそうやって行動に引きずられて出来上がっていくものだ。』(卵の夢より)
夢の空
水の年輪
不自由な心
『忌み嫌い、目をそむけ、拒絶している限り、死はいかなる時も人を脅かし混乱の極みに連れ込む。...
死ぬことを心から恐れるためには、生きることを心から愉しまなければならない。 』(不自由な心より)
の5編からなる作品集。

「あとがきにかえて-小説の役割」に書かれている事だけど、最初の作品から順番に読んで欲しいというのが作者の願いだ。僕もその通りだと思う。

天気雨はまだ軽い。けど、卵の夢から少しくる。夢の空、水の年輪でど~んとくる。そして不自由な心でうまく着地して穏やかになるような気分だ。

人生とは、きっとささやかなものなのだろう。だからこそ、ドラマや小説は見てて楽しめる、エンターテイメントとなるのでしょう。

選んだ道が正しかったのか?と悩んで、後ろを見てしまうこともある。でも、きっと正しいかどうかは、自分が決めること。僕は後悔しないように、その時に正しいと信じた道を歩みたい。

「選択しない」と信じて出した決断なら、後悔しない。けど、なんとなく進むことを止めてしまった決断はいつまでも心のしこりになって、自分を苦しめる。

神様にでもなれば、この煩悩は消せるんだろうけどね。
けど、それだと人の、人としての楽しみがなくなってしまう。不器用に、ぼろぼろになりつつも歩む道はキット目指す場所へ通じているんだと信じています。

   
 

   

《参考》
MovieWalker

ヒーロスヒーロー gyros hero2006/07/23 13:07

gyros hero
ギリシアのファーストフード「Gyros(ヒーロス)」を味わえるお店「Gyros Hero」

高田馬場駅から徒歩5分くらいかな。大通りから一本入った場所なので、静かで、お店もおしゃれな感じ。

ここは、ヒーロスでしょ!と思うかもしれないけど、僕はハンバーガーを食べたい衝動を抑えきれず、「ソテードチーズバーガー」を頂いた。
パティがさすがギリシア料理ということで、ラム肉入り。ハーブも効いててやっぱり普通のハンバーガーとは違う。ラム独特の香りが食べた後に広がって、でもいやな臭みにならずにすごく美味しい。
さらに、ソースが、チェダーとブルーのブレンドでこれまた僕好み!
値段も400円くらいで、セットでも1000円以下で食べられる。
トルコ料理のドネルケバブ、メキシコ料理のファヒータ、中華料理の北京ダック?は違うか。この辺りの世界のファーストフードもすごく美味しいから食べ歩いてみようかな。

そうそう、土日にいくと店員さんとじゃんけんして、勝つとポテトが頂けます。こういう楽しい試みもいいですよね。

そして、7月末までだけど、久我耕一さんの作品が展示されている。僕は、ギリシアには行った事はないんだけど、一度だけいったスペインのように、建物の白、海の青、太陽の橙、そして影の黒、この色の組み合わせがすごく美しい。

生きる2006/07/30 22:36

黒澤明監督作品の「生きる」をレンタルして観た。レンタルビデオで映画を観るのは久しぶり。この手の作品は、僕は映画館よりも家で見るほうが心置きなく観れる。

「生きる」という意味を再認識させてくれる映画だ。言葉では表現が難しいんだけど、受動的に生きているのと能動的に生きている事の違いのようなものだろうか。

『死』に直面した時、『死』を本気で意識した時、『生』の真意を認識する。(「僕の生きる道」はストーリーがすごく似ている。それを52年に作っていたというのはさすがだ~)

公務員で勤続30年という主人公の設定が、より一層生きながらの死というものを引き立たせる設定なのだろう。今の時代では、どんな会社にもこんな死に体の社員が多いのではないだろうか?(社内ニートとでも言うべきか?)
普通のニートは、家族や社会に保護されているのと同様に、社内ニートは会社に保護されているのだろう。

「生きる」ではたまたま舞台設定が、会社・仕事だったけど、僕は「生きる」目的は人それぞれであり、それを見つけて真剣に生きる、それで十分だと思う。

人間はそう簡単には変わらない...哀しいけどこれが現実。でも、だからこそ、意思の力を持って生きていかなければいけない。辛いし、苦しい、でも、それでも、それ以上に幸せを得る事ができると思う。

主人公の渡邊勘治(志村喬)と、若い女性職員の小田切とよ(小田切みき) の対比、さらに、息子光男(金子信雄)との関係、小説家(伊藤雄之助)との出会いによる変化、人と人の関係によって起こる心の動きと、本当の「生きる」目的を見つける瞬間(眼光の煌きが素晴しい)。それがすごくリアルに伝わってきた。

夕焼けを見て生きていることを実感するシーンも好き。空はみんなの上に平等に広がっているのにね。そんな当たり前の事に気付く時、それも『生』を実感しないと来ないのかもしれない。

主人公が命がけで作り上げたものは、最終的には子を思う親の心、それが彼の「生きる」目的だったのではないかと僕は感じた。

言葉だけでは伝えられないもの。でも、本気の想いは必ず伝わる。人を動かす。心を動かす。だから、今できること、やるべきこと、それを真剣に、自分を信じて実行していくのみ。


監督:黒澤 明
脚本:黒澤 明、橋本 忍、小国 英雄
音楽:早坂 文雄
出演:志村 喬、小田切 みき、浦辺 粂子、左 卜全